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2009/06/03 (Wed)

『スパイラル~推理の絆~』から火歩を書いてみました。
っつっても前のサイトに載せた奴なんですがね。
けっこーなついです。
では、続きからどうぞ





『無表情なキミ』



 

 鳴海(なるみ)家の玄関が音を立てて開いた。

 通り雨に晒されたミズシロ()(ずみ)は大きく頭を振り被るとはあ~っと大きく息を吐いた。

「あー、びしょ濡れやわ。いきなし降るんやもん」

 淡い緑の髪から雫が滴る。ドアを閉めて、彼は家の奥に向かって声をあげた。

(あゆむ) ちょっとタオル持ってきてぇ~」

 洗面所の方から返事があり、まもなく歩と呼ばれた少年が姿を現した。

 途端に火澄は顔を真っ赤にして慌てだした。

「ちょ…っ! お前なんちゅう格好してんねん!」

 彼は風呂上りなのか、上半身をさらけ出していた。頭にタオルを被った彼は、火澄に真新しいタオルを投げてよこす。

 火澄はそれを受け取り歩むを睨む。

「せめてタンクくらい着ぃや!」

「風呂から出たばかりなんだ。仕方ないだろう。それにそこまで気にするようなことでもないだろ」

 タオルを肩に降ろす。茶色の髪と整った顔が現れた。

 そのままリビングへと足を運び、冷蔵庫の扉を開く。

「湯は沸いているから、お前も早く入れ。風邪を引くぞ」

 火澄は赤い顔を俯かせてむぅ、と唸った。不服そうに歩を見、タオルを頭に乗せてわしわしと擦った。

 

 

 

――ピチャン

 蛇口から水面に雫が落ちる。

 火澄は湯船に身体を沈め、ぶくぶくと口で泡を作った。

「歩のばーか……」

 バシャン、と湯を叩く。

「無神経、鈍感、無用心……」

 湯の中に顎まで浸してぶつぶつと文句を垂れる。

「何も感じんと思うとんか……」

「火澄、ちょっと入るぞ」

「うわっ、なにしてんねん!」

 突然浴室のドアが開き、歩が入ってきた。火澄は勢いよく反応し、真っ赤な顔で歩を睨む。

「俺、今入ってんねんけど?」

「だから、入るぞって言ったろ? シャンプーが無くなってたから代えるだけだ」

 なんともないような顔で歩はしゃがんでシャンプーの容器を取った。蓋を開け、代えのシャンプーを流し込む。その間、火澄はじっと歩を見ている。

「歩、なんともない訳?」

「なにがだ」

「もうええわ! この阿呆!」

「誰が阿呆だ」

 シャンプーの容器を満タンにすると、歩は普通に浴室から出て行った。火澄は不服そうにずっとドアの方を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 先程から火澄の機嫌が富に悪い。

 何かしたかと頭を捻るがこれといって答えは見つからない。

 いつもなら嬉々とした表情で歩特製の夕食を頬ぼっているのだが、いまは無言で黙々と食べている。表情は無表情。怖い。

「火澄、醤油いるか?」

 自分で千切りキャベツにかけた後、火澄にも声を掛ける。彼は無言で手を出した。渡すとこれまた無言で無造作に醤油をかける。

(どうしたんだ、一体……)

 普段の火澄は五月蝿過ぎるくらいによく喋る。歩としては辟易していた位だがいざ黙られるとなると物凄く怖い。

 しかし歩にはこの空気を改善する(すべ)はないので、ちらちらと彼の様子を窺うことしかできなかった。

 食事が終わったあとも火澄は乱暴に自室へ入っていった。それから音沙汰なし。

 このままでは大変居心地が悪いと感じた歩は懐柔作戦をすべく、お手製のカスタード・プディングを作り始めた。

 まずカラメル・ソースを作る。

 砂糖の量を少し多めで水と混ぜ、加熱する。火澄は少し焦げ目が好きなので、しっかり火をかける。徐々に色がつき、香ばしい匂いが当たりに漂う。

 今のうちにカスタードの生地を作っておく。牛乳温め、卵と2:1で混ぜる。砂糖を溶かし、こす。

 カラメル・ソースが出来たら型に移し、固める。その上にカスタードを入れ、泡を取って蒸し器の中へ。

 洗い物をしながらそっと客間を窺う。不気味なくらい静かだった。

 20分くらいで蒸せたので、あら熱を取って部屋の扉をノックした。

「火澄、入るぞ」

 返事はない。歩は溜息をひとつ吐き、ドアノブに手をかけた。

 部屋は真っ暗だ。手探りで灯りを点ける。火澄はふてくされた顔で布団にくるまっていた。

「プリン作ったけど、食べるか?」

 衣擦れの音がし、起き上がる。頭から布団をかぶって、手だけ出す。

 恐る恐る手渡す。彼はそのままぷい、と後ろを向いてしまった。

 横に座って自分も食べる。無言の時間が経過する。気まずい。

「火澄、どうしたんだ?」

 この空気を何とかしようと、話し掛ける。火澄はぼそぼそと言葉を発した。

「歩はなんともなかったんか?」

「なにが」

「俺とおって、なんともないんか?」

「なにがどうなんともなるんだ」

 ため息がちそう言うと、いきなり腕を掴まれ床に押し倒された。プリンとスプーンが床に飛ぶ。

 火澄の顔は明らかにいらついていた。対して歩は至って冷静な顔をしている。

「こうされてもなんともないか!」

「どうにかなるのか?」

「~~~~っ! 俺はな、歩の事が好きなんや!」

 火澄は真っ赤になって叫び出した。

「運命も何も関係ない、好きになってしもうたんや! ひとりの人間として意識しとんや! なのにお前は上半身裸でうろうろしたり、風呂入ってきたり、なんとも思わんとも思うとんか!? 今かて、お前のことめちゃくちゃにしたい衝動に駆られとんのに……っ」

 歩は真顔でそれを聞くと、呆れたように息を吐いた。

「なんや!」

「いや、随分自分勝手な主張だなと思って」

「まだ言うんか!」

「火澄、お前と俺は対だ。俺の思っていることは、お前の思っていることとよく似通っている。それは分かっているんだろう?」

「それは、まあ」

「なら、お前が俺に対してそういう感情を抱くということは、反対のことが起こり得ないという考えは浮かばなかったのか?」

 火澄は一瞬唖然と口を開き、もう一度叫んだ。

「なら、なんでそんな平気な顔をしていられるんや!」

 歩は目を大きく見開き、もう一度大きく、大きく溜息を吐いた。

「火澄~、お前俺を誰だと思ってるんだ」

「は?」

 そう言って歩は不敵な笑みを浮かべる。

「俺だぞ?」

 ぽかんと火澄は固まる。歩はそのまま推理するときと同じ顔で話す。

「俺は姉さんと2年一緒に暮らして何もなかったんだぞ? そのかん、風呂からトイレの世話までしたってのにだ。断言できるが、姉さんの着替えや入浴を覗いたことは、一度もない」

 そう言って、押し倒されたままの体制で目を逸らす。

「まあ、正直そう言う衝動に駆られなかったと言えば嘘になるけど……」

 手が緩んだところを見計らって、歩は火澄の下から這い出る。

「あー、布団に染みがついただろ。また洗濯しなきゃ……」

 茫然と、その光景を眺め火澄は呟く。

「歩、俺は期待してもええんか……?」

「そういうことを言うのは、お前の真実を話してみてからにしたらどうだ? 俺達はいずれ対決になるんだし」

「もうええわ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ彼は、明らかにさっきの表情とは違った。照れた彼を見ながら、歩は今晩何度目かになる溜息を吐いた。

 

 

 

 火澄はもう寝てしまっただろうか。歩は翌日の予習をしていたが、手は全く進んでいなかった。

 少しでも間があれば、先ほどのことを思い出してしまう。火澄に押し倒されたことを。

 顔を赤くし、頭を抱える。

 何とも思っていない訳がない。さっきも心臓が飛び出そうで仕方がなかった。どうにか平静を保つのに全神経を集中させていたのだ。

「あのバカが……」

 あのままなし崩しにいってしまいたいとも思ったが、これからのことを思うとそうはいかなかった。これから火澄は敵になる。それもとびきりの強敵に。こんな感情は本当は抱いてはいけないのだ。

 明日の食事は火澄の嫌いなニンジンをふんだんに使ってやろうと決意し、居住まいを正す。

 しかし、これからもペンは一向に進まなかった。

 

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